ニッポン密着:「葵の御紋」「静岡」中国で商標、1万5000円 露骨ブランド狙い
高層ビルが建ち並ぶ中国・上海のオフィス街の一角にジェトロ(日本貿易振興機構)上海センタービルがある。春節(旧正月)明けの2月13日、4階の会議室に大阪府、茨城県、長崎県など18自治体の駐在員が集まり、テーブルを囲んだ。
会議の終盤、鹿児島県の徳田洋駐在員が口を開いた。「『鹿児島』が商標登録出願されていた。みなさんも気を付けた方がいい」。中国商標局のホーム ページで検索できることも伝えた。各駐在員は事務所に戻ってキーボードで都道府県名を打ち込んだ。その後、長野、愛知県などで登録が確認された。
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同じころ、静岡県庁東館9階の「お茶室」に電話が入った。お茶どころ静岡の茶業に関する業務の担当部署だ。相手は県茶業会議所。「海外の商標登録 状況を調べていた飲料メーカーから、中国で『静岡』が取得されていると連絡があった」。届いたファクスには、「静岡」の文字そのもののほか、「静岡」とい う商標名で、「葵(あおい)の御紋(ごもん)」と富士山をイメージしたような山が一緒に描かれているものもあった。
調査の結果、「葵の御紋」は01年2月、台湾の企業が、わさびなどを対象にした商標として中国で取得していた。同県はわさびの生産額が全国の6割を占める。静岡市はわさび栽培の発祥の地で、味を気に入った徳川家康が門外不出にしたいわれもある。
日本食ブームで生わさびの需要が増えている中国。日本からの生わさびの輸出は現在認められていないが、県職員は憤った。「葵の御紋なんて……。『静岡のわさび』というブランド力狙いは明らかじゃないか」
一方、「静岡」の文字の商標登録は、中国・北京在住の個人名で申請されていた。対象は、茶及び茶葉代用品、コーヒーなど。その自宅は北京中心部を取り囲むように走る東五環路の外側にある大型マンション群の一棟にあった。
玄関先で応対した女性は「主人はいつ帰って来るか分からない。日本に行ったことはあるけど、仕事で静岡に関係あるか分からない」と話し、連絡先は明らかにしなかった。
昨年、日本産コメの中国への輸出が暫定的に再開されたが、「コシヒカリ(越光)」や「ひとめぼれ(一目惚)」が既に商標登録されており、「新潟産」や「宮城産」の表記でしか販売できないという事態が起きた。
お茶の場合、現時点では「静岡」商標を使ったビジネスは確認できないが、登録出願費は1000元(1万5000円)と安く、将来の商売を見越しての登録の可能性がある。
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青森県西部に広がる津軽平野。日本有数のリンゴの生産地だが、後継者難もあり、リンゴ農家数は約1万7000戸と、10年前の4分の3。国内の消費も減っている。
弘前市内など6カ所でリンゴ園(計3・6ヘクタール)を経営する木村図(はかる)さん(49)は「もう輸出しかないですよ。とにかく出さなきゃ生きていけないから」と語る。
そんな中で03年5月、「青森」が中国で商標登録出願されていることが発覚した。県などが中国商標局に異議を申し立て、昨年12月に登録却下の裁 定を引き出し「青森ブランド」を守った。ところが、今年になって、無・減農薬の県産農作物に対して県が発行している「青森県認証特別栽培農産物」のマーク が偽造されて中国産リンゴに付けられ現地で販売されていたことが分かった。「偽物の横行で日本産の価値が落ちないか心配」。木村さんは不安を募らせる。
リンゴの輸出は増え続ける。06年産は過去最多の2万3398トンに達し、その9割が青森産。県の担当者は「良い品を、高く売れる場所で売りたい」と説明する。そのターゲットが中国の富裕層だ。
日本政府は、07年速報値で約4338億円ある農水産物・食品の輸出額を13年までに1兆円規模にする目標を掲げる。現在、日本から中国へ輸出できる農産物は、検疫の条件をクリアしているリンゴとナシ。コメは全面解禁へ調整が進む。
冷凍ギョーザへの毒物混入事件で、日本の食卓が中国に頼っている実情が浮き彫りになった。その中国に、やせ細る国内農産品の販売拡大を期待するが、思わぬ「障害」の出現に、日本農業は戸惑う。【町田徳丈、北京・大塚卓也、台北・庄司哲也】
毎日新聞 2008年4月13日 東京朝刊
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